「イジメ」られると「心も痛くなる」のはなぜなのか

子どものイジメ、なくなりませんね。現場でイジメと認識される件数と実態には大きな差がある、とも言われています。イジメが根絶されるのは難しいのでしょうか。
石田雅彦 2024.04.09
誰でも

イジメられると混乱する脳

 我々の中に「助け合いの遺伝子」や「共感の遺伝子」があったとしても、こうしたイジメ行動はなかなかなくなりません。イジメられて感じるのは心の痛みです。体験者ならわかると思いますが、本当に胸のあたりが痛む。

 米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校の研究グループは、被験者にボール投げ遊びをさせ、彼らの脳をfMRIでスキャンした実験をしました(※1)。それによれば、ボール投げ遊びの過程で受ける精神的な苦痛は、肉体的な苦痛と共通の部分があることがわかっています。脳には、前帯状皮質(ACC)と呼ばれる部位があり、ここは報酬予測や意志決定、共感、情動といった認知機能に関係しています。

 この実験では、被験者の一人をボール投げ遊びから仲間外れにすると、前帯状皮質の活動に混乱が起き、体が痛みを感じるのと同じ脳の反応が起きた。こうした反応が観察された脳の部分は、実際に痛くなくても痛さを予想しただけで活発に働くことが知られていて、仲間はずれ以上にひどくイジメられた脳は、さらに強く痛みを感じるようです。

イジメられた脳は社会的な恐怖を感じる

 また、集団からイジメられると、人間はうつ状態になったり引きこもりになったりします。米国のイエール大学の研究グループによるマウスを使った実験(※2)によれば、イジメっ子マウスからイジメを繰り返されたマウスは、イジメをしないほかのマウスも怖がるようになります。

 こうした行動を観察することにより、イジメが引きこもりの原因になっている可能性が強く示唆されました。クラスメートのみんなが怖くて学校へ行けない登校拒否と同じです。

 この実験で、イジメられているマウスの脳を観察すると、記憶に関係した脳内物質BDNF(脳由来神経栄養因子)の遺伝子の活動が増え、同時にさまざまな遺伝子で混乱状態が起きていました。具体的には、17個の遺伝子の働きが減り、代わりに309個の遺伝子が新たに活発化し、この中の127個の機能は約一カ月後でも残っていたのです。

 遺伝子の機能に、正常な状態とは異なった変化が生じていたというわけですが、混乱が起きていた脳の場所は、神経伝達物質のドーパミンを中脳辺縁系に伝える通路です。ここは、快感とか学習意欲、感情などに関係している部分になります。ちなみに、中脳辺縁系は抗うつ剤や統合失調症の薬などのターゲットにもなっている部分です。

 イジメられると脳が反応し、BDNFが増え、それが社会的な恐怖心につながっていく。こうした脳の動きは、社会的、集団的なイジメという制裁に対し、遺伝子の発現が活発化するなどして脳が変化して防御反応をしているんじゃないか、と考えられています。

イジメは肉体的な暴力と同じ

 マウスの研究をしたイェール大学の研究者らは、イジメられっ子マウスの遺伝子を改変し、BDNFが増えないようにしてみたそうです。すると、いくらイジメられても、マウスはイジメをじっと受け入れるようになった。脳の防御反応を自分で抑えつけてしまったのです。

 もちろん、これでイジメが解決するわけじゃありません。しかし、引きこもりなど、社会への拒否反応をやわらげる治療に役立てられるのではないか、とも考えられています。

 ところで、失恋やパートナーの死、イジメなど、我々が精神的な痛みを感じたとき、肉体的な痛みのように感じるのは「社会的な生物」である人間に備わった機能かもしれない、と多角的な例を挙げた説明もあります(※3)。集団にとって脅威となる存在を排除する役割もある一方で、こうした機能は社会的な「報酬」と関連しているため、ネット上などで不当に批判されるのも同じ「苦痛」を伴うのでしょう。

 こうしたことを考えてみると、精神的な苦痛は肉体的な痛みをもともなうからこそ、イジメやハラスメントをする側にとって葛藤も快感もあるのかもしれません。誰でも肉体的に痛めつけられるのは嫌です。しかし、それよりも精神的な苦痛のほうが耐えにくい。精神と肉体は密接につながっています。

 イジメが「犯罪」的なのは、単に反社会的とか倫理に反しているからだけではありません。力による暴力行為と同じことだからでもあるのです。

***

※1:Naomi I. Eisenberger, Matthew D. Lieberman, Kipling D. Williams, "Does Rejection Hurt? An fMRI Study of Social Exclusion", Science, Vol.302, 10. OCTOBER. 2003.

※2:Olivier Berton, Colleen A. McClung, Ralph J. DiLeone, Vaishnav Krishnan, William Renthal, Scott J. Russo, Danielle Graham, Nadia M. Tsankova, Carlos A. Bolanos, Maribel Rios, Lisa M. Monteggia, David W. Self and Eric J. Nestler, "Essential Role of BDNF in the Mesolimbic Dopamine Pathway in Social Defeat Stress", Science 10 February 2006:Vol. 311 no. 5762 pp. 864-868

※3:Geoff MacDonald, "Social Pain and Hurt Feelings", Cambridge Handbook of Personality Psychology, (pp.541-555). Cambridge: Cambridge University Press., 2009

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