「色の白いは七難隠す」は本当か?
メラニンによって肌の色が変わる
太陽光線が肌の老化を早め、オゾン層の減少が取り沙汰されたころから紫外線の害悪が指摘され始めたのは確かです。太陽光線をあまり浴び過ぎると、皮膚ガンになったり遺伝子が壊れてしまったりして、人体にとってけっしていいものではありません。
しかし、そうした知識がなかった時代から日本でも「色の白いは七難隠す」などと言われていました。古代ローマでも、顔を白く塗る化粧法が広まったりしていたそうです。このように美白を求める人が世界的にも昔から多いのには、何か特別な理由があるんでしょうか。
美白といえば、白雪姫という童話がありますが、白雪姫の肌も「雪のように白い」と表現されています。ちなみに、髪の毛は「黒檀のように黒い」、唇は「血のように赤い」。白・黒・赤という配色、ドイツ人が好む色使いのようですね。この童話、グリムの原作では、毒リンゴを娘に食べさせたのは実母です。それを知ったときは、ショックでしたが、女性の美に対する執着、執念はスゴい、と思いました。
肌や髪の毛の色の濃淡は、皮膚にある色素細胞の作り出すメラニンで決まります。基本的に、男性のほうがホルモンの関係でメラニンが作用して色黒になりやすい。頭皮の色素細胞が髪の毛のメラニンを作り出さなくなると白髪になりますし、皮膚の色素細胞も同じようにメラニンを作り出さなったり、色素細胞自体が死滅すると、俗に言うシロナマズ、尋常性白斑(じんじょうせいはくはん)という病気になることもあります。
高緯度地域でメラニンが少なくなったのか
ところで、生きていくために必須の栄養素の一つに、ビタミンDがあります。ビタミンDが欠乏すると、カルシウムやリンなどを吸収できず、骨軟化症や骨粗しょう症といった骨の異常の病気を引き起こす場合があります。さらに、ビタミンDの欠乏が、高血圧や癌などの原因になる、という説もある。
食べ物でビタミンDを摂取するためには、キノコ類、特にキクラゲとか魚介類を食べると良さそうです。逆に、鳥や牛、ブタなどの獣肉類には、あまりビタミンDが含まれていないんですね。
重要なのは、ほかのビタミンと違うビタミンDの特徴です。ビタミンDは、皮膚でも作られます。我々はビタミンDを自分で作ることができるんですね。
太陽光線など、紫外線を含んだ光を浴びると、皮膚でビタミンDが作られます。ビタミンDを含んだ食物を取り入れるだけでは量が不足するので、必要充分な量のビタミンDを得るためには日光浴が重要、とされています。
一方、メラニンは紫外線を防ぐためにあります。だから、紫外線の強い地域の人種は、黒人のように肌が黒い。
地球の寒い地域、高緯度地域へ行くと、特に冬の間は日照時間が極端に短くなります。そうした地域では、紫外線もあまり浴びることができず、皮膚でビタミンDを作ることが難しくなってくる。メラニンで皮膚が黒いままだとなおさらです。
そのため、できる限り紫外線を取り込むためにメラニンの量が少なくなり、その結果、寒い地域の人の肌が白くなった、という仮説があります。白雪姫も高緯度地域ドイツのお話なので、色白が特徴だったんでしょうか。こう考えていくと、色白が好まれるのは、ビタミンDという栄養素のためなのかもしれません。
ネアンデルタール人にも赤毛や色白を引き起こす遺伝子があったという報告がありますが(※1)、ネアンデルタール人が絶滅したとされているのは2万数千年前です。だとすれば、農耕が始まるかなり前から人間の共通祖先に、髪の毛の色や肌の色が薄くなる変化が生じたのかもしれません。
男性が色白の女性を好んだのか
一方、人間が色白を好むこと自体に、何か積極的な理由があると主張する研究者もいます。なぜなら、たとえば金髪の場合、自然にそれが広がっていくのでは不自然なほどの短期間で、ヨーロッパ、特に北欧の人種に出現してきたからです。紫外線とビタミンDという自然淘汰では、この広がりに説明がつきません。
つまり、北欧では金髪が積極的により好まれたので急速に広まり、その結果として美白の人も増えていったのではないか、という仮説です(※2)。
自然淘汰という言葉が出てきましたが、進化論では、交尾や繁殖に関する競争によって何らかの特徴が現れることを「性淘汰」とか「性選択」と言います。この研究では、当時の不安定な狩猟採集生活で男性の数が少なくなり、ハーレム状態で金髪の女性を性選択としてより積極的に選んだのではないか、と述べられています。
同じような仮説を唱える研究者もいます(※3)。彼らの主張は、北欧で金髪や色白が現れた頃に、ビタミンD欠乏症のクル病にかかった遺骨がほとんど発見されないのでビタミンD説は根拠が薄い、というものです。
ビタミンDなどの理由以外で、男性が色の白い女性を好むんだとすれば、それはどうしてなのか。ここが問題になってきます。これについて研究者たちは、人間は成長しても体毛がほとんどないままという幼型成熟の生物なので、その延長線上で白くて柔らかい赤ちゃん肌が好まれたんじゃないか、と考えたり(※2)、また、子どもを産む可能性が高い、つまり成熟していて出産適齢期の女性は色白が多いから男性は色白の女性を好むのだ、と主張する進化論の研究者もいます(※4)。
ビタミンD欠乏症にも要注意
しかし、ほかの生物の場合、ほとんど性淘汰や性選択は、メスに選ばれるためにオスが何らかの特徴を獲得します。だから、クジャクのオスの羽はキレイになったし、シカのオスには立派な角がはえている。
人間の美白好き遺伝子の場合、これとは逆に男性、オスに選ばれるために女性、メスが色白を獲得したことになる。もし本当に、こうした美白好き遺伝子が男性にあるとしたら、女性が美白にこだわるのは、男性に「選択」されるための生物界では珍しい戦略ということになります。
実際、人間が必要な量のビタミンDを皮膚で作るためには、昼間の太陽光線(に含まれる紫外線B)を、週に2回程度、5分から30分浴びればいいそうです(※5)。短パン姿で10分程度の日光浴って感じでしょうか。
さすがに北緯70度のノルウェーのトロムソあたりに行くと、12月から1月の間は太陽が地平線から出てきませんが、オスロやストックホルムくらい南に下がれば、厳冬期でも太陽が顔を見せないということはありません。だとすると、やはり金髪や白い肌には「色白好き遺伝子」による性淘汰が関係しているのでしょうか。
いずれにせよ、年を取れば、誰でもシミができて肌色もくすんできます。色白好き遺伝子があるなら、アンチエイジングのコスメや美容法がもてはやされるのも当然なのかもしれません。ただ、過度の美白追求のため、あまり日光浴を避け続けているとビタミンD不足になります。
たとえば、最近の日本では、母親が美白にこだわったため、ビタミンD欠乏症で生まれてくる新生児が増えている(※6)。こうした赤ちゃんの頭蓋骨はとても柔らかく、クル病にかかりやすいリスクがあります。もし男性に「美白好き遺伝子」があったとしても、そのために女性が色白を求めるのは子孫を残す上で損になる場合もある。何でも気にし過ぎは禁物です。
※1:Lalueza-Fox C, et al., "A Melanocortin 1 Receptor Allele Suggests Varying Pigmentation Among Neanderthals" Science, Vol.318, No.5855, 1453-1455 science.1147417, 30, November, 2007
※2:Peter Frost, D.I. Perrett, "European hair and eye color: A case of frequency-DepenDent sexual selection?" Evolution anD Human Behavior, Vol.27, Issue 2, 85-103, March, 2006
※3:Aoki, Kenichi. "Sexual selection as a cause of human skin colour variation: Darwin’s hypothesis revisiteD" Annals of Human Biology, Vol.29, 589-608, 2002
※4:Symons, Donald, "The Evolution of Human Sexuality" New York: Oxford University Press. ISBN 0195029070, 1979
※5:Holick MF, “Vitamin D deficiency” The New England Journal of Medicine, Vol.357(3), 266-281, July, 2007
※6:Yorifuji J, Yorifuji T, Tachibana K, Nagai S, Kawai M, Momoi T, Nagasaka H, Hatayama H, Nakahata T., "Craniotabes in normal newborns: the earliest sign of subclinical vitamin D deficiency" Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism, Vol.93(5), 1784-1788, 12, February, 2008
※6-2:Naoko Tsugawa, et al., "Comparison of Vitamin D and 25-Hydroxyvitamin D Concentrations in Human Breast Milk between 1989 and 2016–2017" nutrients, Vol.13(2), 573, 9, February, 2021
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