「毛」の色について考える
メラニンには2種類ある
動物好きには、大きく分けてイヌ派とかネコ派がいますが、うちの前の子はアビシニアンというネコでした。その子の毛色は、ルディとかいう種類の赤褐色になってました。一本一本の毛が色分けされ、根本が白っぽく途中で黒くなり先端が再び薄い茶色になってた。
これが光に当った加減で、とてもキレイに輝くことがありました。ええ、親バカですわ。ま、アビシニアンには、ルディのほか赤毛のレッドとか淡いココア色とかいろいろあるようです。
ネコの毛を見ていると、毛が伸びないで抜け毛で生え替わります。頭の毛なんか、いつも同じ長さ。散髪に行かずにすむのでうらやましい。その代わり、爪はどんどん伸びるので、たまに切ってやります。すると、彼女は「シャーッ」とうなり、とても怒りました。懐かしい。
ネコのような長い体毛はないのに、人間にも「毛並みがいい」とか「毛色が変わってる」なんて表現をします。「あの立候補者は祖父の代から続く政治家だから毛並みがいい」とか「あいつはうちの部署でも毛色が変わった奴だから」なんて言う。
もちろん、これは髪の毛のことを言ってるわけじゃありませんが、ネコと同じでヒトの毛も、人種によって色が違う場合があります。
日本人の髪や眉、体毛はだいたい黒です。中には茶色がかってる人もいる。女性の場合、髪の毛を染めてたりするので、本当の色はよくわかりませんけど、もとは黒か濃い茶色のはずです。
日本人のような黒髪は、すべての人種で生まれます。金髪や赤毛が生まれるのは白人(コーカソイド)に多く、あとはメラネシア人やアボリジニでも金髪の人が生まれることがあるようです。
仕事で小笠原へ行ったときのことです。無呼吸潜水で有名なジャック・マイヨール氏と一緒でした。で、幼稚園児の集団が並んで歩いていたんですが、その中に白人みたいな金髪の子が混じっていた。
小笠原には江戸時代から白人の入植者が住んでいて、地名にも英語風のものが残っていたりします。彼らが残した遺伝子が、園児の髪の毛の色に出てきていたんでしょうね。
この頭の毛の色は、メラニン(色素)が決めています。これ、よく聞きますね、メラニン。
メラニンは、人間以外の生物にもあって、「ユーメラニン」と「フェオメラニン」の二種類があります。ユーメラニンは黒色メラニン(黒か褐色)、フェオメラニンは黄色メラニン(黄色か赤)って呼ばれている。金髪が生まれるメラネシア人の「メラ」もメラニンと同じ語源で、「黒い」という意味です。メランコリーのメラも黒いからきています。
ユーメラニンの「ユー」は「正しい」や「正統」、「真性」という意味です。フェオメラニンの「フェオ」は「褐色」や「薄い」という意味になるようです。
屋外にいて紫外線に当たり、日焼けするとメラニンが酸化したり、過剰に生成されて色素沈着して肌が黒くなります。日焼けとメラニン、特にユーメラニン(黒色メラニン)には、密接な関係がある。一方、唇や乳首、ペニスの先など生殖器の赤っぽい色を作り出しているのもフェオメラニン(黄色メラニン)です。
皮膚から頭髪に話を戻しましょう。メラニンは毛根で作られてるんですが、年を取るとその生産が衰えてきます。髪の毛はそのまま伸びるので、メラニンの生産が少なくなった毛は白髪になります。これが白髪の主なメカニズム、と言われています。
日本の研究者によるこの研究では、メラニンに幹細胞の機能があることがわかりました。幹細胞は、すべての細胞を作り出す可能性を持っている。メラニンによる体色の仕組みは、生物にとって根源的な意味を持っているというわけです。
メラニンの仕組みがわかってきたのは、21世紀に入ってからです。けっこう知られているようなメラニンだけど、長い間よくわからなかった。
氷河期の保護色が毛色に現れた
このメラニンを作るのも遺伝子、「Mc1r」という名前の遺伝子。ユーメラニン(黒色メラニン)とフェオメラニン(黄色メラニン)のタンパク質を作る遺伝子です。
うちのアビシニアンの毛が、一本で色分かれしてるのもユーメラニン(黒色メラニン)とフェオメラニン(黄色メラニン)が作用しています。根本にはフェオメラニンの黄色メラニン、途中でユーメラニンの黒色メラニンが働いて黒っぽくなり、さらに先端で再びフェオメラニンのタンパク質が作用しているんです。
ユーメラニン(黒色メラニン)の黒色メラニンには、太陽光線に含まれる紫外線から皮膚や頭髪を守る作用がある。ユーメラニンが少ない場合、紫外線によって活性酸素が発生し、皮膚がんなどを引き起こしやすくなるようです。
一方のフェオメラニン(黄色メラニン)に、紫外線を防ぐような機能があるかどうかはまだわかっていません。吸収する紫外線の波長に関係してるのかもしれないし、もしかするとフェオメラニンにはもっと何かほかの機能があるのかもしれない。
なぜなら、紫外線はまったくの悪者というわけじゃないからです。ビタミンDの合成に、紫外線、特に中波長のものが必要なので、あまり紫外線を防いでばかりいてもダメです。
こうしたヒトの頭の毛の色については、いくつかの遺伝子が関係しています。赤毛は劣性遺伝子で、ユーメラニン(黒色メラニン)を作ることができないので赤くなる。逆に、黄色メラニンのフェオメラニン(黄色メラニン)は多く生産されます。また、黒髪、栗毛、金髪、赤毛に関係した遺伝子の中で、栗毛は優性遺伝子、金髪は劣性遺伝子です。
一般的に、紫外線が多く降り注ぐ低緯度地域の人種は、ユーメラニン(黒色メラニン)が多く、髪の毛の色が黒く肌も色が濃い。日照時間の短い高緯度に住む人種は、遺伝子が変異し、髪の毛の色も肌の色も薄くなったようです。
そう考えると、小笠原で見かけた金髪の子どもは、あんな紫外線がたくさん降り注ぐ場所では遺伝的には不利になるかもしれません。帽子をかぶり、紫外線の強い日には外出をひかえたほうがいい、ということになる。
ところで、メラニンを作る遺伝子に異常が起きると、体毛や皮膚の白い子どもが生まれることがあります。こうした生物をアルビノといいますが、視覚の障害をともなったり色素がないため紫外線の影響を直接受けたりする。また、アルビノは眼球の網膜の下にある脈絡膜にメラニンがないので眼底の血の色、つまり赤色が透けるため、目が赤くなります。
突然変異や劣性遺伝によりできるのがアルビノですが、これとは違って全体に白っぽい体毛や皮膚の生物もいます。
北極などの動物、たとえば、シロクマ(ホッキョクグマ)とかホッキョクギツネ、シロフクロウ、ハクチョウなどは真っ白なんですけど、あれはアルビノじゃありません。こうした生物には視覚的な障害も出ませんし、脈絡膜にメラニンがあるので目は赤くありませんから、目の黒い白ウサギになります。
極地にいるような白っぽい動物のことを「白変種」といい、メラニンを作る遺伝子は正常に働いています。このことから、生物には基本的な情報として、白変種のように白くなる遺伝子があるのではないかと考えられています。シロクマなんかを見ればわかりますが、流氷や雪原、ツンドラなどで白い体色はとても有利。一種の迷彩効果というわけです。
生物の体色、肌の色や毛色については、同じ種類の場合、太陽光線の少なく寒くなる高緯度へいくほど色が薄く白っぽくなるという「グロージャーの法則」というものがあります。グロージャーの法則は、紫外線のためばかりではなく、雪原などでの保護色の要素もあると考えられています。人間の場合も暖かい地域の人種は色黒、寒い地域の人種は色白でこの法則に当てはまる。
地球全体の気温が下がる氷河期は、周期的にやってきます。現在は間氷期ですが、つい約1万年前に氷河期が終わるまで地球の中緯度地域あたりも雪原におおわれていました。
こうした氷河期を生き抜いてきた生物の中には、温暖な気候の今は白っぽくなる遺伝子は表に出ていませんが、氷河期がやってきたら再びそれが顔を出す機能が隠されているのかもしれません。だとすれば、色の白い白人がいるのは、氷河期の名残りとも考えられます。
生物の毛色は、紫外線を防いだり、氷河期で保護色になったりといった環境に適応してきた変異が、先祖代々受け継がれてきたものです。もしかすると、人間には体毛なんかないのに「毛並みがいい」とか「毛色が変わってる」なんて表現するのは、こうした多様性に対して直感的に「何か」を感じているからかもしれません。
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