「イルカ」はどうやって「水分」を摂っているのか

海上を長期間漂流した記録は390日とも484日とも言われていますが、いくら喉が渇いても海水を飲んではいけない、と教えられている人もすくなくありません。ですが、ごく少量なら漂流当初の間のみ、飲んでもかまわないようです。
石田雅彦 2025.09.22
誰でも

海水を飲むと死ぬ

 1952年に大西洋のカサブランカからカナリア諸島まで、小さなゾディアック(ゴムボート)で65日間の漂流実験をしたフランス人医師によれば、最初の22日間は少量の海水だけを飲んでも、ほぼ大丈夫だったといいます。彼は残りの日々を雨水と捕らえた魚から水分を補給して目的地へ到達しました(※1)。その後、数日間入院して帰国し、長寿を全うしました。

 いずれにせよ、海水をたくさん飲むと死に至ります。浸透圧という言葉がありますが、濃度の低い液体と濃度の高い液体があれば、エントロピー増大の法則によって均衡状態を保とうとし、それぞれの濃度を同じにしようとする力が働きます。

 人間の血液は、浸透圧を一定に保つため濃度も一定に維持されていますが、海水を飲めば一時的に血液中の塩分濃度が上がります。すると、浸透圧を一定に保てなくなり、腎臓で塩分を処理できず、水分を排出しないために尿も出なくなります。このまま水分補給ができなければ、血液の濃度は高くなり続け、血圧が上がり腎不全や尿毒症などになってしまいます。

 もちろん冒頭で紹介した事例は、極限状態を模した医師による実験なので危険です。絶対に真似をしないようにしたいですし、この実験を再検証した人物から懐疑的な意見も出ています(※2)。

 いずれにせよ海水だけをずっと飲み続けていれば、やがて腎機能がダメージを受けて死んでしまいます。ただ、このフランス人医師の漂流実験で重要なのは、シイラなどの魚やオキアミから水分を補給した点です。

 我々人間と同じ哺乳類のイルカやクジラは海の水をほとんど飲んでいないことが、すでに75年ほど前にわかっていますが(※3)、バンドウイルカなどはごく微量の海水を摂取しているようです(※4)。海の中にいるのですから、餌を食べる際などにどうしても海水が口から体内に入ってしまう、ということなのでしょう。

イラスト作成筆者:素材:いらすとや

イラスト作成筆者:素材:いらすとや

 イルカ類は体脂肪率が高く、バンドウイルカの場合、水分の割合は体重の約37%です。彼らの皮膚はナトリウムを透過せず、海水から塩分が入ってくることはありません。

 逆に水の透過性があるため、体内の水分は体外へ排出されます。汗腺はありませんが、体表からの水分の排出率は陸上の哺乳類とさほど変わらないとする研究もあります。また、呼気からも多少の水分が排出されていると考えられます。

イルカは水を飲まないのに平気なの?

 こうして水分が外へ出ているのですから、何もしなければイルカの血液の濃度は上がり続けます。すみやかに水分を補給しなければなりませんが、海の中に真水はありません。海水は約3.5%の塩化ナトリウム溶液です。

 血液の濃度を下げるためには、塩分を体外へ排出すればいいのです。ペンギンや海に潜る種類のウミウやカモメなどの鳥、またウミガメなどは、塩分を排出する塩類腺という分泌腺を持っています。

 しかし、イルカやクジラには尿の濃度で調節する以外、こうした機能は備わっていません。高い濃度の尿で塩分を排出することができたとしても、水分は取り入れなければなりません。

 というわけで、イルカなどの鯨類、またアザラシやアシカ、マナティやジュゴンなどの海棲哺乳類がどうやって真水を補給するのかについては、長い間議論されてきました。脱水症状を避けると同時に、渇水状態に耐える生理的な機能を備え、砂漠のような海中でどこかから水分を得なければならない、というわけです。

 海棲哺乳類といっても多種多様なので、ここでは鯨類、イルカやクジラについて考えてみます。高濃度の尿を排出することで血液などの浸透圧を調整しているのでしょうか。

 クジラ類の尿の浸透圧は陸上哺乳類と比べ、それほど高いわけではなく、必ずしも塩分濃度の高い尿を排出するとは限りません。一方、彼らの腎臓の濾過と濃縮、尿素を利用した再吸収の機能はかなり高く、取り入れた海水の塩分を体外に排出すると同時に、海水から高効率で真水を得ることも可能だといいます(※5)。

 ところが、話はそう簡単ではありません。腎機能を利用する水分の取り入れにはエネルギーがかかります。弱った金魚を薄い塩水につけると元気になるのは、浸透圧調整の負荷が下がるからです。金魚の体液の濃度と体外の濃度を合わせ、淡水魚の金魚が体外からの水の浸入を防ごうとすることで体力を消耗しないようにするのです。

効率的な水分の吸収

 腎機能に負担をかけないため、どうやらクジラ類は魚やオキアミなどの餌から主に水分を補給しているようです。クジラ類の食べ物の実に7割が水だとされ(※5)、我々と同じように小腸や大腸でその水分が吸収されます。冒頭の医師の実験でも、シイラなどから水分を補給していました。

 ヒトの場合、大まかに言えば1日の摂取水分量を約10リットルとすると、小腸で9リットル吸収され、大腸で約1リットル吸収され、大小便として約0.1リットルが排出されます。考えてみれば当然ですが、クジラ類も同じように食べ物から水分を得ているということです。

 クジラ類が食べ物から水分を得るのは、主に小腸と考えられています。これは彼ら(ネズミイルカなど)の小腸の機能が多くの哺乳類と異なっているからで、食べ物からより効率的に水分を吸収する仕組みになっているようです(※6)。

 イルカやクジラの先祖をたどると、カバ(など偶蹄類)との共通祖先から分かれたことがわかっています。実際、尿や浸透圧を分析すると、クジラ類はウシやラクダとよく似ているのです(※7)。

 気温が高くなると、熱中症に注意が必要となります。熱中症の予防には、水分補給と同時に適度の塩分も補ったほうがいいとされています。これも汗で体内のナトリウムが流れ出てしまい、適切な浸透圧を調節できなくなるからです。

 我々の体内には「海」がある、などとも言われます。漂流体験をせずとも、熱中症にはくれぐれも用心したいものです。

***

※1:British Medical Journal, correspondece, "Drinking Sea-water." British Medical Journal, 1422, 11th, Dec, 1954

※2:Hannes Lindemannの実験航海。Richard T. Callaghan, "Drift voyages across the mid-Atlantic." Antiquity, 89, 345, 2015

※3:E. S. Fetcher Jr., Gertrude W. Fetcher, "Expression and localization of aquaporin-1 on the apical membrane of enterocytes in the small intestine of bottlenose dolphins." Journal of Cellular Physiology, Vol.19, No.1, 1942

※4:Clifford A. Hui, "Seawater Consumption and Water Flux in the Common Dolphin Delphinus delphis." Physiologycal and Biochemial Zoology, Vol.54, No.4, 1981

※5:Rudy M. Ortiz, "Osmoregulation in Marine Mammals." The Journal of Experimental Biology, 204, 1831-1844, 2001

※6:Miwa Suzuki, "Expression and localization of aquaporin-1 on the apical membrane of enterocytes in the small intestine of bottlenose dolphins." Journal of Comparative Physiology B, Vol.180, No.2, 229-238, 2010

※7:Naoko Birukawa, et al., "Plasma and Urine Levels of Electrolytes, Urea and Steroid Hormones Involved in Osmoregulation of Cetaceans." Zoological Science, 22(11),1245-1257, 2005

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