タバコをやめるための道のり

 禁煙治療の専門家はよく「喫煙者は、ドーパミン欠乏という恐怖、そしてそこからの心理的解放という、いわば『二重洗脳』の状態に陥っている」と言います。何かに依存している人は、その対象が奪われる恐怖にいつも脅かされているのです。
石田雅彦 2025.09.20
誰でも


 世の中が喫煙者に対して厳しい視線を投げかけてくるようになった昨今、彼らの怯えはかなり増幅していると言えます。「北風と太陽」ではありませんが、そういう心理状態になっている喫煙者に「タバコをやめろ」とか「受動喫煙防止を厳しくする」と言っても一層、頑なになってしまうでしょう。

楽園から追放された喫煙者

 ニコチンによる刺激で、本来なら正常に機能するはずの脳内ドーパミンが効きが悪くなり、その結果、喫煙者はタバコ以外の「生きる喜び」を感じにくくなっています。さらに、喫煙者はストレスがかかる場面で非喫煙者のように脳から自然にドーパミンを放出し、その事態を乗り越えることができなくなってしまう。

 こうしたサイクルをある専門家は「失楽園仮説」と名付けています。喫煙者がタバコによる依存から抜け出すためには、上記のようなニコチンの作用や弊害を本当に自分で理解し、納得しなければならないのです。

 喫煙者が家族にいて、その人にタバコをやめてもらいたい場合、禁煙本を転がして置いてみるのもいいし、動機づけ面接法といったアプローチもあります。

 喫煙者は得てして、タバコが健康にどんな悪影響を与えるか、密かに自分で調べて非喫煙者よりもより知っています。その知識は正確とは言えないことも多いのですが、禁煙の効果を本心から知ったとき、喫煙者はタバコをやめる行動に移す。これをヘルス・ビリーフ・モデル(Health Beliief Model)と言います。

 生活習慣病や依存症の治療は、何より医師や医療関係者が患者の行動を変えるのではなく、患者自らの考えで患者自身の行動が「変容」することが大事です。そのためにも身近にいる家族は、喫煙者が今どんな心理状態にあるか理解しておいたほうがいいのです。

喫煙者はどの段階にいるか

 依存症の治療には、数多くの行動変容理論を統合して考えられたプロチャスカ(Prochaska)の段階(ステージ)モデルというものがあります(※1)。これは患者の関心の度合いや状況により、行動変容の段階を分類したもので、プロチャスカの「段階モデル:行動変容理論」では、患者の心理状態や行動に以下のようないくつかのステージがあると考えます。

※:イラスト作成は「いらすとや」の素材から筆者

※:イラスト作成は「いらすとや」の素材から筆者

1)前熟考(無関心)期:行動変容への抵抗、6ヶ月以内に行動変容に向けた行動を起こす意思がない時期

→ 情報提供、利点とリスクの強調

2)熟考(関心)期:近づきつつある変化、6ヶ月以内に行動変容に向けた行動を起こす意思がある時期

→ 動機づけ、自信を持つ、障害の排除

3)準備期:準備を始める、1ヶ月以内に行動変容に向けた行動を起こす意思がある時期

→ 実行可能な行動計画、決意を固める

4)実行期:動き出すとき、明確な行動変容が観察されるが、その持続がまだ6ヶ月未満である時期

→ 成功体験の強化、周囲の支援

5)維持期:そこにとどまること、明確な行動変容が観察され、その期間が6ヶ月以上続いている時期

6)繰り返し期(再発期):逆戻りから学ぶ

→ しばらくはできたことへの承認、次の動機づけ →熟考(関心)期へ →繰り返し →再発の予防、周囲の支援

7)完了(確率)期:変容サイクルから抜け出す


 こうした段階ごとに適切な介入が提案されていて、患者はそれぞれの段階を行きつ戻りつしながら、最終的には行動変容を達成し、依存サイクルから離脱することができます。

 家族など身近に喫煙者がいるなら、彼らがいったいどんなステージにいるのか、ちょっと観察してみましょう。電気加熱式タバコを孫からプレゼントされたおじいちゃんが準備期にいたなら、それをきっかけに禁煙を決意するかもしれません。

 禁煙サポートでは、あくまで禁煙を希望する喫煙者の主体性を重視することが重要です。自らの意志でやめようと決意しなければ、再び依存サイクルへ戻ってしまうでしょう。「わかっちゃいるけどやめられない」喫煙者がいったい何を考え、どう行動したいのか、家族はその本心を察して心理状態を理解しつつ、タバコをやめようと彼ら自身が決意するための後押しをするべきなのです。

***

※1:J O. Prochaska, Carlo C. DiClemente, "Stages and Processes of Self-Change of Smoking- Toward An Integrative Model of Change." Journal of consulting and clinical psychology, Vol.51(3), 390-395, 1983

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