新たな「人獣共通感染症」の出現に備えよ
新型コロナウイルス感染症も、エムポックス(以前のサル痘)も人獣共通感染症ですし、ウシから天然痘や結核、ブタやアヒルからインフルエンザ、ヒツジやヤギから炭疽症、ネズミ(齧歯類)からペスト、主にイヌ(ネコやコウモリなども含む)から狂犬病などがあります。こうした病気は、野生生物を自然宿主にしていた病原体(微生物)が、家畜などの脊椎動物や昆虫などの無脊椎動物を経由し、ヒトへ感染して広がっていきます。
人獣共通感染症は、感染経路と方法、病原体の種類によっていくつかのタイプに分けられます。
感染経路では、
1:感染動物から直接、または媒介する動物を経由するもの
2:寄生虫症のように複数の脊椎動物が経由媒介として存在しないと成立しないもの
3:脊椎動物と昆虫のような無脊椎動物の間で感染が完成するマラリアのようなもの
4:感染経路で動物以外の植物や土壌、有機物などを必要とするもの
大きくこの4つに分けられます。また、微生物の種類では「プリオン」「ウイルス」「細菌」「寄生虫」「原虫」「真菌」と大きく6つに分類されます。
コウモリにご用心
科学雑誌『nature』に発表された人獣共通感染症に関する論文(※1)では、特にヒトと哺乳類の共通ウイルスを調べています。研究者たちは、ヒトに感染する可能性が高く、将来脅威になりそうなウイルスの出現の予測に役立てようとしています。
人獣共通感染症のウイルスが感染するリスクは、ヒトと宿主である動物との間の接触の多さや一緒にいる時間の長さといった関係の近さによって変わります。この論文では、さらにウイルスの感染方法といった形質によってリスクが高くなると述べています。
狂犬病がコウモリから感染することはあまり知られていないように、エボラ出血熱や前述したSARSなど、コウモリが自然宿主の人獣共通感染症は意外に多いのです。
大集団を形成して暗く湿気の多い洞窟などに密集して生活し、食物連鎖の上位に位置して多種多様な生態を持つコウモリは、病原体にとって都合のいい存在です。また、ヒトと同様に大集団が密集して生活する生物の感染症は、大流行(パンデミック)を引き起こしやすいのです。
上記の論文でも、人獣共通感染症のウイルスを最も多く持っていたのはコウモリでした。次いで霊長類、齧歯類の順になるそうです。この論文の研究者は、同時に地理的な分布パターンも作成し、世界で新たな人獣共通感染症リスクの高い地域を予測しています。それによれば、コウモリのウイルスはアジアの一部と中南米で多く、霊長類は中米、アフリカ、東南アジアに集中し、齧歯類は北米、南米、中央アフリカの一部で見つかっています。
家畜との生活が影響している?
コロンブスなどが新大陸へ到達した後、南北アメリカに住んでいた先住民が人口を激減させた理由は、ピサロのような征服者の殺戮もさることながら、ヨーロッパから運び込まれた病原菌で多くの人々が死亡したからだという説があります。この説に従えば、新大陸の先住民はなぜヨーロッパ人が運び込んだ伝染病に弱かったのでしょうか。
人類史の名著といわれるジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』では、ヨーロッパ人が古くから家畜と一緒に暮らしてきたからだと説明されています。そのため、ヨーロッパ人は人獣共通感染症に長くさらされ、何度も絶滅の危機を乗り越える中で感染症に対する免疫力を獲得しました。
自分たちが持ち込んだ伝染病に耐性を持っていたヨーロッパ人に比べ、家畜と共に暮らすことが少なかった新大陸の先住民には壊滅的な影響を与えたのです。また、ヨーロッパ人は東西を頻繁に移動していたので、多種多様な伝染病に対する抵抗力を獲得したというのです。
同書は批判的に捉えられることも多く、シャーガス病(サシガメというカメムシの一種→哺乳類→ヒト)という人獣共通感染症や梅毒のように、新大陸からヨーロッパ、さらに世界中へ伝染した病気もあります。
しかし、人獣共通感染症ではないコレラや麻疹を除けば、インフルエンザ、マラリア、麻疹、ペスト、天然痘、結核といった人獣共通感染症がヨーロッパから新大陸へ運び込まれたのは事実です。そして、これらの病気で先住民の多くが死亡したのも確かです。さらに、多様な病原体に接してきたヨーロッパ人が、人口変動に伴って病原体感受性遺伝子の強化や淘汰を経験したことも十分に考えられます。
人獣共通感染症はヒトの感染症の60%以上を占め、世界で毎年約10億人がこの種の病気にかかり、数百万人が死亡しています。むしろ、移動が広く活発化した現代において、人獣共通感染症は大きな脅威になっているのです。
サル免疫不全ウイルス(SIV)が突然変異によってヒトに感染する能力を獲得し、ヒト免疫不全ウイルス(HIV-1、HIV-2)に変異した(※2)ように、ヒトの生息域が拡大するに従い、それまで接触することがまれだった病原体との遭遇も増えました。汚染や温暖化などによって自然環境が変化し、それが宿主や中間宿主の生態に影響することで、未知の性質を持った病原体が出現する危険性は高いのです。
※1:Kevin Olival, Peter Daszak, et al., "Predicting disease spread from animals to humans." nature, 22, June, 2017
※2:Marx PA, Li Y, Lerche NW, Sutjipto S, Gettie A, Yee JA, et al. "Isolation of a simian immunodeficiency virus related to human immunodeficiency virus type 2 from a west African pet sooty mangabey." J Virol. 1991 Aug;65(8):4480-4485.
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