電話で無料の禁煙相談「クイットライン」とは
筆者自身が喫煙者だったため多少は理解できますが、社会がこれほど喫煙について厳しくなってきている以上、家族を含めての批難めいた視線に耐えながら吸い続けるには、よほど「タフで強靱な精神」が必要になります。また、周囲に喫煙者が多い場合、本心では禁煙したくても「負のピア効果(同調圧力)」で吸い続ける人も多くいます。逆に禁煙成功者が身近にいる場合、「タバコさえ止められない意志薄弱な人間」というレッテル貼りに対抗し、虚勢を張るため、あえてタバコを手放さないという人もいるでしょう。
迷い多き喫煙者の心理
同僚や友人など、身近に「実は禁煙したいのだが」と相談できる人がいればよいのですが、タバコを止めるなどという「些細なこと」で神妙に知人に頭を下げる行為に抵抗を感じる喫煙者もいるかもしれません。今まで周囲の視線に耐えながら「頑固」にタバコを吸い続けてきた人は、得てして自尊心が高く承認欲求も強いとも言えます。
そこで、ちょっとした提案があります。お金は必要なく、手軽にできる禁煙方法です。
タバコを止めたいと思っている喫煙者は、居住地の県庁や市町村役所の「保健福祉課」や「健康増進課」といった部署、または地域の保健所、がん診療連携拠点病院の電話番号やホームページを探してみてはいかがでしょうか。
市町村、保健所、がん診療連携拠点病院の多くに禁煙について相談可能な窓口が設置されており、その中の約半数は電話による無料(通信費別)の相談を受け付けています。お金もかからず、内緒で禁煙相談ができるのです。
例えば、北海道函館市には「禁煙相談」の窓口があり、電話相談や来所相談に応じていますし、受動喫煙防止条例のある神奈川県鎌倉市などにも電話による窓口があります。また、岡山県には「たばこクイットライン(電話無料相談窓口)」があり、県内2カ所の病院から情報提供窓口が設置されています。
ここで「クイットライン(Quitline)」という言葉が出てきます。
オーストラリアでは、タバコのパッケージに「禁煙サポートのための電話相談窓口(クイットライン)」の電話番号が記載され、より禁煙しやすい取り組みが行われています。
クイットラインは本来、タバコに限らずアルコールや薬物、ギャンブルなどの嗜癖行動を変えるために設置された電話による無料の相談窓口のことです。日本も署名・批准している「たばこ規制枠組条約(WHO FCTC)」は、このクイットラインを禁煙サポートに利用するよう推奨し、クイットラインの設置を条約署名国に求めています。
気軽に電話で禁煙相談してみましょう
禁煙を望む喫煙者のフォローアップの第一段階として、この「電話による禁煙相談」、つまりクイットラインの活用が考えられます。まだ禁煙外来を持つ医療機関が一つもない市区町村もあり、禁煙するためにどうすればよいのかわからない喫煙者もいます。
禁煙外来での治療でも半数以上が再喫煙して脱落していますが、クイットラインには、そうした人々を拾い上げるための「セーフティネット」としての役割も期待できます。国や地域によって多少異なりますが、以下は海外で行われているクイットラインでの一般的な案内の事例です。
● 禁煙治療の保険適用を案内し、治療できる禁煙外来を紹介する。
● 薬局・薬店でOTC(対面)販売で購入可能な禁煙補助薬を紹介する。
● 自力で禁煙したい喫煙者を拾い上げ、アドバイスを行う。
● 時間的・経済的理由で禁煙治療に抵抗がある喫煙者を支援する。
● 禁煙外来の終了者や途中脱落した喫煙者をフォローアップする。
● 気軽に禁煙相談したいニーズを拾い上げる。
● 禁煙希望者ごとの個別カウンセリングを行う。
● 検診や医療、自治体、教育などの地域連携のハブ的役割を担う。
● 広域をカバーできる費用対効果の高い禁煙支援手法を提供する。
● 電話という既存の技術やインフラを活用する。
クイットラインが禁煙率を高める有効性があることは多くの調査研究でも示されています。12ヵ月間で約7%から30%の間で禁煙率を高めることが示唆されています(※3)。
ただし、クイットラインにはあくまで禁煙治療の補助的な役割であるという限界があります。また、能動的に働きかけるカウンセリング(禁煙希望者へ相談側から電話をかける=Proactive Treatment)のほうが、受動的カウンセリング(禁煙希望者からの電話に対応する=Reactive Treatment)よりも効果的だという研究もあります(※4)。
厚生労働省は2012年に、全国の「がん診療連携拠点病院」を対象に「たばこ相談員」を設置する方針を示しました。病院のある地域住民の禁煙希望などの相談に面接や電話などで応じるとしましたが、がん診療連携拠点病院でも禁煙外来がない機関も多く(※5)、たばこ相談員やクイットラインの設置もマンパワーや予算、電話相談のノウハウ不足などの理由から、なかなか整備が進んでいないのが現状です。
日本にもクイットラインを
クイットラインの本格運用は現状、日本ではまだ未整備です。その背景には、常設化に予算と相談を受ける人員とスキルなどの問題があり、他組織との連携も難しいという課題があります。
一方、オーストラリア、ニュージーランド、韓国、香港、シンガポール、台湾、タイ、米国カリフォルニア州、英国のクイットラインでは、小冊子の郵送やインターネット、SNS、Eメールなど多様な媒体を併用しています。これらをまとめてクイットラインと呼ぶ場合もありますが、これらの国や地域では電話だけでなく、インターネット上の情報提供やスマートフォンを使った個別対応なども進んでいます(※6)。
地方自治体の健康相談窓口に禁煙相談を受け付けている機関も多く、電話相談に応じる地域の保健所もあります。がん診療連携拠点病院の「たばこ相談員」を含めると、ある自治体では3つの部署がそれぞれ一種のクイットラインを運用している場合もあります。
筆者は、医師会や歯科医師会、薬剤師会などが中心となり、自治体や県の保健所、がん診療連携拠点病院、教育委員会、各機関・組織をまとめ、バラバラに行っている禁煙サポートを体系化し、地域連携した形で禁煙サポートの「ハブ」としてのクイットラインを整備すべきだと考えています。
今でも公的機関に禁煙相談窓口はあります。もしあなたが少しでも禁煙を考えているなら、地元の役場や保健所、病院などに気軽に電話してみてはいかがでしょうか。
※1:ブリンクマン指数(Brinkman index、BI)は日本独自のタバコ消費量(実喫煙数)の尺度だ。世界的には「Pack year(パック・イヤー、パック年)https://www.cancer.gov/publications/dictionaries/cancer-terms?CdrID=306510」を使うことが多い。1パックは20本で、1日に1パックのタバコを吸う場合、その量を吸い続けた年数を掛ける。筆者の場合は「25パック年」となる。日本における禁煙外来の保険適用では、2016(平成28)年4月の改定で35歳未満の者について1日の喫煙本数×喫煙年数≧200の要件が廃止され、高校生などの未成年者への投与についてもニコチン依存症管理料の算定が可能となった。禁煙外来にかかるためのニコチン依存症管理料算定では、以前から未成年を除外するなどの年齢制限はなかった。だが、ブリンクマン指数(200以上)という制限があったため、実質的に未成年者や若年喫煙者などの多くが適用外になっていた。35歳以上の者については、従来通り、ブリンクマン指数(=1日の喫煙本数×喫煙年数)200以上が保険適用の条件となる。
※2:Zhu S-H, Anderson CM, Tedeschi GJ, et al. "Evidence of real-world effectiveness of a telephone Quitline for smokers." N Engl J Med 2002;347(14):1087-93
このDr. Zhu S-H(米国在住の中国人研究者)は、米国カリフォルニア州で無料の「クイットライン」サービス「California Smokers Helpline」を主宰している。
※3:Stead LF, Lancaster T. "Telephone counselling for smoking cessation." Cochrane Review. In: The Cochrane Library, Issue 3, 2001. Oxford(最新版:2013)
※3:Lichtenstein E, Glasgow RE, Lando HA, Ossip-Klein DJ, Boles SM. "Telephone counseling for smoking cessation: rationales and meta-analytic review of evidence." Health Educ Res 1996;11:243-57
※3:Zhu S-H, Strecch V, Balabanis M, Rosbrook B, Sadler G, Pierce JP. "Telephone counseling for smoking cessation: effects of single-session and multiple-session interventions." J Consult Clin Psychol 1996;64:202-11
※4:Helgason AR, Tomson T, Lund KE, Galanti R, Ahnve S, Gilljam H. "Factors related to abstinence in a telephone helpline for smoking cessation." European J Public Health 2004: 14;306-310
※5:例えば、北海道のがん診療連携拠点病院20病院のうち、禁煙外来があるのは9病院のみだ。禁煙外来のない病院は、連携先など禁煙外来のある病院を紹介している。
※6:谷口、田中「日本での禁煙ホットライン(クイットライン)の展開と、その方向性」日本公衆衛生雑誌、62(3):125-132、2015年
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