日本の「タバコ・パッケージ」の後進性とは

 タバコというのは実に「摩訶不思議」な商品です。なにしろ、パッケージに大きく「警告文」が表示されています。「使用すると健康に悪影響がある」という商品が、白昼堂々(夜間も同様ですが)どこでも簡単に手に入るのです。
石田雅彦 2025.08.11
誰でも


不思議な商品、タバコ

 もちろん、JT(日本たばこ産業)のタバコだけでなく、輸入された外国タバコのパッケージにも同じような文言が記載されています。

 この表示は、いわゆる「たばこ規制枠組条約(たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約、WHO Framework Convention on Tobacco Control、WHO FCTC)」で定められたもので、日本もこの条約の署名国(2005年に公布)です。条約批准後、日本ではタバコのパッケージに警告文を記載し、受動喫煙防止対策を定め、2008年にはタバコの自販機にtaspoを導入しています。

 以下は財務省が所管する「たばこ事業法」と「たばこ事業法施行規則」です。

たばこ事業法

(注意表示)

第三十九条 会社又は特定販売業者は、製造たばこで財務省令で定めるものを販売の用に供するために製造し、又は輸入した場合には、当該製造たばこを販売する時までに、当該製造たばこに、消費者に対し製造たばこの消費と健康との関係に関して注意を促すための財務省令で定める文言を、財務省令で定めるところにより、表示しなければならない。ただし、輸入した製造たばこを博覧会において展示し即売する場合その他財務省令で定める場合は、この限りでない。

2 卸売販売業者又は小売販売業者は、前項本文の規定により製造たばこに表示されている文言を消去し、又は変更して、製造たばこを販売してはならない。

たばこ事業法施行規則

(注意表示)

第三十六条

4 別表第一、別表第二及び別表第三に掲げる文言は、次の各号に掲げるところにより、大きく、明瞭に、容器包装を開く前及び開いた後において読みやすいよう、印刷し又はラベルを貼る方法により表示されなければならない。

一 枠又は直線により当該容器包装の主要な面の他の部分と明瞭に区分され、当該主要な面につき一を限り設けられた部分(その面積が当該主要な面の面積に十分の五を乗じて得た面積(当該面積が千三百平方ミリメートルを下回る場合には、千三百平方ミリメートルとする。)以上であるものに限る。)に、別表第一に掲げる文言の一を表示し、又は別表第二に掲げる文言(紙巻たばこ、葉巻たばこ、パイプたばこ及び刻みたばこについては別表第二に掲げる文言の一)及び別表第三に掲げる文言を表示すること。この場合において、表面(主要な面のうち、開け口を有する面その他消費者が一般に紙巻等たばこを取り出すと考えられる面をいう。以下この号において同じ。)のある容器包装にあつては、当該表面につき一を限り設けられた部分に、別表第一に掲げる文言の一を表示すること(全ての主要な面が表面である容器包装を除く。)。

二 前号に規定する枠又は直線は、太さ一ミリメートル以上の実線とし、当該枠又は直線の色は、白色又は黒色のうち、同号に規定する一を限り設けられた部分の地色と比較して当該枠又は直線がより明瞭に判別できる色とすること。

財務省、財政制度等審議会注意文言表示規制・広告規制の見直し等について(平成30年12月28日)

財務省、財政制度等審議会注意文言表示規制・広告規制の見直し等について(平成30年12月28日)

タバコ・パッケージの世界標準とは

 オーストラリアのタバコ販売規制は世界で最も厳しいと言われています。この規制は2012年から始まりましたが、その中心となるのが「タバコ・プレイン・パッケージ(Tobacco plain packaging、PP)」です。

 オーストラリアでは、タバコのパッケージをタバコ会社が自由にデザインすることは許されません。パッケージの75%には健康被害を訴える警告文や、タバコが原因の疾病画像などを掲載しなければならず、さらにタバコ会社のロゴのサイズも小さくするよう定められています。

 タバコ・プレイン・パッケージの「Plain」とは「無地」や「明白明瞭な」といった意味です。ちなみに、オーストラリアのタバコ・パッケージには禁煙サポートのための電話相談窓口(クイットライン)の電話番号が記載され、より禁煙しやすい環境が整えられています。

 このパッケージの採用前後を比較した調査では、採用後にタバコをやめる喫煙者の割合が増えたといいます(※1)。この研究は、2012年4月から2014年3月まで電話による聞き取り調査で、対象は18歳から69歳の喫煙者、および最近(1年以内)まで喫煙していた非喫煙者でした。

 タバコ・パッケージに画像を付加した警告表示の効果については、2001年から2009年にかけてカナダで行われた調査で喫煙率を約10%押し下げ(※2)、また、20年間で喫煙率が50%減少したブラジルでは、このうち少なくとも8%が2001年から導入されたタバコ・パッケージによるものだったという研究もあります(※3)。

 このように、タバコの警告表示には喫煙率を下げる効果があります。未成年者や非喫煙者が好奇心からタバコに手を伸ばすことをためらわせ、思いとどまらせることも期待できます。当然、その目的のために、パッケージの文言や画像表示はタバコの健康被害を明確に伝えられるようなショッキングなものであるべきです。

 これによれば、タバコ・パッケージの警告表示面積は、ネパールとバヌアツが表裏90%以上、インドとタイが表裏85%以上、オーストラリアが表75%裏90%などとなっています。日本の表示規制が「主要な面」の1/2、つまり50%以上、となっているのとは、かなりの開きがあるのです。

 また、日本のたばこ・パッケージは、タバコ関連疾患などの警告画像を掲載していない数少ない国の一つです(※4)。世界の趨勢は、タバコのパッケージ一つとっても日本の「常識」とはかけ離れた場所にありますが、喫煙者がタバコという商品をこれほど手に入れやすく、タバコを吸うことに対しての恐怖心や後ろめたさを感じられずにすむ国も少ないでしょう。

Via:Cunningham, "Tobacco package health warnings: a global success story" Tobacco Control, Vol.31, Issue2, 2022

Via:Cunningham, "Tobacco package health warnings: a global success story" Tobacco Control, Vol.31, Issue2, 2022

 各国のたばこ・パッケージの警告表示の例。ほとんどの国がタバコ関連疾患の警告画像を採用しているが、日本では実行されていない。

 タバコのパッケージに対する健康被害を含む画像警告の表示は、前述した「たばこ規制枠組条約(WHO FCTC)」で定められ、強く勧められています。この条約の署名国である日本は、条約内容を遵守しない状態が続いているのです。

 まがりなりにも先進国を標榜するのなら、国民の生命や健康にもっと気を配るべきでしょう。タバコ対策は、国や行政が国民の健康を守る、という態度表明の象徴とも言えるのです。

***

※1:S Durkin, et al., "Short-term changes in quitting-related cognitions and behaviours after the implementation of plain packaging with larger health warnings: findings from a national cohort study with Australian adult smokers." BMJ Journals Tobacco Control, Vol.24, 2014

※2:Azagba S, Sharaf M. "The Effect of Graphic Cigarette Warning Labels on Smoking Behavior: Evidence from the Canadian Experience." Nicotine & Tobacco Research. 2012

※2:Huang J, Chaloupka F, Fong T. "Cigarette graphic warning labels and smoking prevalence in Canada: a critical examination and reformulation of the FDA regulatory impact analysis." Tobacco Control. 2013

※3:Levy D, de Almeida L, Szkl A. "The Brazil SimSmoke policy simulation model: the effect of strong tobacco control policies on smoking prevalence and smoking-attributable deaths in a middle income nation." PLoS Medicine. 2012; 9(11)

※4:Rob Cunningham, "Tobacco package health warnings: a global success story" Tobacco Control, Vol.31, Issue2, 3, March, 2022

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